飯食い終わった瞬間仕事。。。
会社の上に住むといつでもマイペースで仕事できるのが一番のメリットやな。
今日中に写真整理終わらせて明日は朝から打合せ。
社長に定時はございませんw
年中無休24時間営業の心構えで。
今日の出来事をまとめてるうちに 今日が終わっちまった・・・
チョークボードペイントってよくあるけれど、
チョークボードクロスなんてものがあるなんて!
早速サンプル取って、書き心地を試す。
童心に返って落書きを楽しむんでみました!
クロスだから消しやすい!消し後も目立たない!
チョークの粉は落ちるけど、チョークボードの醍醐味という事で!w
これは採用する価値あり!w
早速今月お客様宅の玄関靴箱の背面に施工します。
玄関に張ると家族の伝言板になって便利ですよね!
鹿児島市内の某資材販売店倉庫です。
不安定な地盤のため倉庫の真ん中の柱が沈下して屋根がたわんでいました。
基礎を掘り出し、基礎下でジャッキを据え、鋼管杭を圧入するアンダーピニング工法を用いて修復作業を行っています。
地盤に強度が無いなら後から杭で補強する方法もあるんです。
現場では細心の注意を払いながら慎重に作業を進めています。
先日刺激と学びを頂いた社長からオススメされた本が届きました。
ゆっくり読みたいと思います。
文学青年 大城 仁
今日は鹿児島建設新聞の取材が来ました。
女性社員を紹介するコーナーに弊社の敏腕リノベ女子を掲載していただけることになり、早速インタビュー。
建設業に従事した経緯や今やっている活動などなど取材していただきました。
記事が持ってきた今話題の360度カメラ
【RICOHのTHETA】で遊ぶ社長。
href=”https://renovegga.com//wp-content/uploads/2016/09/20160905-174625.jpg”>
リノベの着工前・完成をこれで撮ったらわかりやすいなー。っと即購入!
9月下旬から始まる現場は360度カメラで撮影しますよ!
お楽しみに♫
大城 仁(おおしろ ひとし)
通称(ジン)は
ジンと肉を応援します!
前述で【良い肉の定義】について書きましたが、ちょっと焼肉について掘り下げて書きたいと思います。
みなさん焼肉は好きですか?
僕は大好きです。
みなさんは焼肉はどのようにして食べてますか?
焼肉屋さんで食べますか?それとも家で焼肉派?
炭火焼?鉄板焼き?
肉の好きな部位は?
焼肉について語りだすと一晩では語りつくせません。
世の中にはありとあらゆる肉の部位を選べる高級焼肉店が存在し、一方肉の部位はカルビかロースかホルモンか見たいな昔ながらの焼肉屋も多数存在しますね。
みなさんはどのようにして焼肉を食べてます?
いろんな意見があると思います。
好き好きもあるでしょう。
でもね。
結局ね。
どのシチュエーションで誰と食べるかによると思うんですよ。
でね、結局ね、長年やってる焼肉屋は美味いってことなんですよ。
鹿児島には【焼肉なべしま】という昔からある【王道】の焼肉レストランがあります。
子供の頃は焼肉といえば【なべしま】しか選択肢がないくらいメジャーでした。
なべしま知らない鹿児島人は間違いなくモグリですね。そのくらいメジャー。
この歌聴いたこと無い人っているのかな?
http://www.nabeshima-jp.com/basic-policy/column/song/
もう結論を先に言うと、世の中いろんな焼肉屋産があれど、家族で食いに行くならいろいろ考えずに『なべしま最強!なべしまカルビ最強!』って事です。
私もね、つい最近までは『焼肉は炭火焼に限る!最初はタンからはじめて脂のノッた霜降りくって、ホルモン食ってビールで流し込む!これが最強!』と思ってました。
『鉄板でガスで焼いてんじゃねーよ。』
『肉焼くなら炭火だろ!?』
って思ってました。
『焼肉屋どこが好き?』って聞かれて『なべしま!』って答える人はあんまり周りにおりませんでした。(個人の意見です)
どうせ食うなら、特上カルビとか、特上ロースのようなとろけるような肉を食したい。
イチボとか、ザブトンとか、ちょっと非日常の贅沢を味わいたい!って思うんですね。てか、思ってたんですね。
まあ言ってみればカルビとロース以外の部位を美味しくたべれる店がオシャンティーで、それ以外は一般ピーポー見たいな錯覚に陥るわけですよ。
でね、鹿児島にも行列のできる焼肉屋さんがいっぱいあるんですよ。
白川とか、ヨコムラとか。個人個人の感覚で、好みで好きな焼肉屋さんの定義が決まると思うんですよ。
そこでいろんな焼肉屋さんに行くと必ずみんな一度は経験する
【なべしま離れ】という現象が起こります。
そもそも私のなべしま離れの原因は、子供の頃から焼肉といえば【なべしま】しかほぼ行ったことが無く、さらに中学校のころから部活の栄養会もなべしまで行うことが多かったので特別感がまったくない。
高校生のとき【なべしま】の食べ放題で先輩たちから食わされまくり、【なべしま】=【地獄の焼肉】というふうになってトラウマになってましたw
社会人になって、友人と【なべしま】に行くことはなかったです。
主に騎射場の名店旧【一風堂】改め、【鹿児島ホルモン本舗】で炭火焼肉を食べに行ってました。
趣味もBBQです。
焼肉は食べに行くより自分で起こした炭で、こだわりの肉屋で仕入れた肉をこだわりの焼き方でじっくり焼いて振る舞う。
鍋奉行ならぬ【焼肉奉行】です。
焼肉奉行の私は、焼肉の際に絶対に許せない行為があります。
①部位ごとに盛られた肉をランダムに焼いて、テキトーに食う
②黒毛和牛の霜降りだろうがオージービーフのカッチカチの肉だろうが御構い無しに鉄板いっぱい肉を広げて、案の定食うペースが追いつかず、炎に巻かれて焦げる
③目の前で肉が焦げているのに助けようとしない
④BBQの時、火の無いところにまで肉を並べて放置。結果、燻製になる。
⑤どの部位を食っても「硬い」か「柔らかい」かのみで判断する
⑥焼いている肉の上に平気で生肉を重ねる
⑦自分がこだわって焼いた肉を焼肉にこだわりの無い奴がさりげなく横取りする。
⑧店自慢のタレで漬け込んだ肉を何も考えず自分のタレにつけて、『この肉味が濃い』と文句を言う
もうね、自分が焼肉を追求すると、このような行為が許せなくなるんですね。
自分でもめんどくさい奴だってことはわかってますよ。
焼肉好きとしか食べに行きたくなくなるんですよ。
自分の焼肉愛が強くなればなるほど、世間とのギャップが広がって
『あいつと焼肉食うとメンドクセーぞ。』ってなるんです。
僕はただ、『火を見極め、肉と会話し、最高の状態で食したい』だけなのに。
そんな私が、なぜ今こんなに【なべしま】を推すのか?
理由は下記の通り
①特にこだわりを持たずとも、なべしまの代表メニュー【なべしまカルビ】を注文すれば柔らかくて脂も少なくて、いくらでも食える
②バラエティー豊富なサラダバーに心踊る
③ホルモンが美味い(硬くない、脂がとろける、一人前が丁度いい』
④肉を適当に焼いても美味い
⑤適当に焼いても美味いので、鉄板に適当に並べて、横取りされても悔しく無い。変わりはいくらでもいるから
⑥煙が出ないので嫁が嫌がらない
⑦子供ウケがいい!キッズスペースがあるので子供が退屈しない
⑧白飯に合う!結局タレが美味い!
もうね、疲れたんです。こだわるのに。
でね、気づいたんです。
みんな焼肉は焼肉という食べ物であって、硬いか柔らかいか、脂がノッテるかさっぱりしてるか。それだけなんだということだと。
あれこれ考えずに、目の前で焼けた肉をビールで流し込むかオンザライスで楽しめればいいんだという事に。
そんなある日のことです。
【なべしま】でちょっとした集まりがありました。
焼肉に対して人一倍こだわりを持っていた当時の私は、
『ふん、なべしまかよ。もっと他にいい店あるだろうよ?』って思ってました。
が、しかし
『あれ?なべしまカルビってこんなに美味かったっけ?後半戦は今まで鶏肉しか食えなかったのに、こいつはイケる!牛なのに最後までイケる!』
てなったんです。
【なべしまカルビ】は実は【ハラミ】なんですね!
だから柔らかくて脂身も少なくて美味しく食べれるんですね!
なべしまさん。今まですいませんでした。
私は勘違いをしておりました。
調子に乗って偉そうに焼肉を語っておりました。
長年続くには弛まぬ努力と、売れ続ける秘訣があるんですね。
みなさんもよかったら『焼肉なべしま』行ってみてください。
http://www.nabeshima-jp.com/basic-policy/about/
決してなべしまの回しもんではございませんw
『美味い肉ってどんな肉?』
って聞かれた時、なんて答えます?
私ならこう答えます。
『いくらでも食べれて、また食べたくなる肉。』
結局ね
『良い肉って何だろう?』って考えた時、いくらでも食べれる肉が正解だと思う。
世の中今や焼肉食うにもいろんな部位があります。
一般的には焼肉だとカルビ、ロース、タン、ハラミ、ホルモンなどでしょうか?
ちょいと小洒落た店に行くと
かいのみ、とも三角、イチボ、ザブトン、ミスジ、ランプなど、ワンラク上の余韻に浸りながら食べるのもいいですね。
でもね、
よく考えて。
あそこの焼肉屋のイチボ最高に美味いんだよ!
あそこの店でしかこんなうまいザブトン食えないよ!
なんてあんまり聞かないでしょう?
そもそも、店員の説明なしで食べ比べてわかる人間がどのくらいいるのでしょうか?
僕の知っている限り、寺門ジモンくらいですわw
だからね、結局、
『自分が食べてて、何も考えずに素直に美味くて、いくらでも食える肉』
これが【美味い肉】の定義だと思う。
これは決していろんな部位を食わせる焼肉批判ではない。なぜなら私自身、普段はある程度こだわりを持って炭火焼の焼肉を味わう事が好きな人間だから。
続きは次号で
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学生時代から本当にいろいろと怪我をしました。
止む無く引退という形をとりましたが、最後にした怪我は左足内側靭帯損傷。
全治1ケ月ほどかかったでしょうか。
日常生活支障出まくり。
ソフトボールは危険なスポーツでした。
そう!ラグビーではなく、ソフトボールで私は最後に大怪我をしたのであります!
雨上がりの芝生のグラウンド
草ソフトボールの試合でレフトを守っていた私は、ライン際のボールを華麗に裁こうと全力で走りボールの正面へ回り込み、腰を落としてキャッチしようとしたその瞬間!
雨に濡れた芝生が滑る滑るで大股開きに。
見事靭帯を伸ばせるだけ伸ばし、一部断裂。
社会人ラグビーを引退するトドメを刺されました。
マジックボールを引退し、またまた日常の遊び人生活に戻っていた私ですが、そこへ来たわけですよ。
ろっこうクラブへのお誘いが。
本来であれば、最初から【ろっこうクラブ】へ入るのが筋だったのですが、前日記にもあったように、若いOBは皆他のクラブに入ってたのです。
当時の【ろっこうクラブ】の主力は40代半ば。
マジックボールと比べればご高齢であられましたw
若いものは若い者同士、年・・・先輩方は先輩方同士で集まる感じだったんですね。
でもね、先輩方のラグビー愛は若者よりもすごいんですね。
みんな一通り社会人して、子育てして、その中でラグビーという趣味に打ち込む。
若い時と違い、土曜日は朝まで遊ばないので、日曜日は清々しくラグビーに打ち込むわけです。
今40前になって、やっとあの時のろっこうクラブの先輩たちの気持ちが分かってきました。
でも30歳になる前はまだそれほどラグビー愛はなく、ゴルフの方が楽しい!同じ芝生でやるならゴルフでしょう!怪我しないし!
って感じで、ゴルフにハマっていましたw
靭帯の怪我も完治し、運動も支障がなくなってきたときにまたまたお誘いだったので悩みましが、最初はお断りしていました。
ゴルフは怪我しないしw
そこへ来てまた新たな企画が始まったんですね。
高校別ラグビーOB対抗戦。
その高校の名誉をかけて各校のOBが、若者からおっさんまでが入り乱れて試合をするんですよ。
それがまた白熱するんですね!
鹿児島工業高校は鹿児島ナンバーワンの名誉をかけて戦いました。
第一回大会は宿敵鹿実をうち破り、鹿工Aチーム(30歳以下)が優勝。
この試合に出てからまたラグビー熱が若干復活。
【ろっこうクラブ】での第4のラグビー人生が始まりました。
強制的にではなく、趣味として、楽しんでラグビーをやっているチームでしたので、試合に勝った負けたよりも、みんなでワイワイやれるんですよ。
もう大人ですから、試合中にアツくなって乱闘騒ぎもないんですね。
平和でした。
マジックボールの頃は一試合中に3~4回の乱闘騒ぎがあり、いつもキャプテンが怒られてましたw
ラグビーの試合中にケンカが起きた場合は両チームのキャプテンがレフリーに呼ばれて注意されるのですが、なんとキャプテンがケンカしてたんですw
なのでケンカが落ち着いてからレフリーが
レフリー『両チームキャプテン』
レフリー『マジックボールキャプテンは?』
キャプテン『はい。僕です。』
レフリー『おまえか!じゃあ副キャプテンは?』
副『はい。』
レフリー『君たちは毎試合毎試合ケンカばっかりして!ダメじゃないか!キャプテンにもよく言っておきなさい!』
かなり迷惑かけてましたね。とくにセンターの大工の人とかwいつもケンカしてたしw
今では優しい居酒屋の大将もたまにケンカしてたしw
キャプテンに至っては『おれ、ケンカして怒られるから誰かキャプテン変わって』みたいなw
城西高校OB。コワイコワイw
話が脱線しました。
とにかく【ろっこうクラブ】そんなこんなでラグビー生活が再開したわけですね。
ところが、社会人ラグビーを復活したことが当時社長である親父にバレたんですね。
以前頭部パックリホチキス事件で
『ラグビー引退しろ!仕事をなんだと思ってんだ!』
ときつく怒られ、その後ソフトボール靭帯事件ですから、
『もう二度と怪我をして仕事に支障を来すのは許さん!』
と釘を刺されていたんです。
でもね、ろっこうクラブの代表は仕事の取引先でもあり、鹿児島工業ラグビー部OB会会長の久保忠建設社長の久保武志さん。
いつも飯おごってくれるし、飲みおごってくれるし、断れないじゃないですか。
『なんでまたラグビー始めたんだ!』と怒鳴る親父に
『武志さんの誘いを断れなくて・・・』というと
『また武志か!』と。
イメージダウンw
そんな中、出れるときはこっそりラグビーをし、大怪我をしないように端っこでプレーするスタイルでやってましたが、子供が生まれてからはなかなか日曜日も時間が取れない。
いつの間にかまたまたラグビーから身を引くこととなりました。
昨年のラグビーワールドカップでのジャパンの快進撃!
そして今年のリオオリンピックのラグビーセブンスは鹿工ラグビー部卒の桑水流キャプテンを中心にベスト4進出!
ラグビー熱がまたフツフツと。
いつかまた第5のラグビー人生が始まるかも???
つづく
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最初に言います。
今日は長いです。
若気の至りで稼いだ金は車に使い、寝不足の日々を過ごしていたある日のこと、高校時代のラグビー部の優しい先輩から久しぶりに連絡が。
『お疲れさん。今社会人ラグビーの新しいチームがあって、今度の日曜日、どうしてもメンバー足りないから一試合だけ出てくれないか?』と。
『いやいや、走れないから無理っすよ!』とお断りを入れると、
『大丈夫!大丈夫!5部リーグだから、ルールわかれば試合でれるレベルだから!エンジョイラグビーよ!』
ほうほう。ルールわかれば出れるレベル?
そんなレベルならもしかしたら俺、スター選手になれるんじゃね?
みたいな浅はかな考えで『じゃあ行ってみますね。』とお返事。
『サンキュー!じゃあ日曜日の朝7時に天文館公園集合だから!俺いけないから正太君ってのを探してね!』と先輩。
『What’s???
俺いけないからよろしく?
イミワカラン。。。
知らない人たちと初めましてでいきなりラグビーやれとおっしゃるのですか???』
『大丈夫!大丈夫!みんないいやつだから!っていうか俺も正太君以外はあんまり知らないけど、行けばなんとかなるから。じゃ、よろしくー!』
先輩の言うことは絶対です。
行きましたとも。日曜の朝7時に天文館公園に。
誰もいねーじゃねーか。。。
俺は騙されたのか?
社会人ドッキリか?
なんなんだこれは。
正太さんどこにいるの?
ってか【正太】という名前から勝手にこんなの想像してました。
7時を10分ほど過ぎるとちらほらと人が現れ始めました。
でも僕の思ってた正太さんはいません。
その中の人に聞いてみました。
「あの、すいません。正太さんって方いらっしゃいますか?」
「あ、あの人ですよ!」
うん。思ってたのと違うw
気を取り直して自己紹介。
「はじめまして。N先輩から聞いてきました大城です。今日はよろしくお願いします。」
「今日はわざわざありがとうね!助かるよ!」
なんだ、いい人じゃん。
これが後に僕の結婚式で友人代表のスピーチまでお願いすることになった、焼鳥侍坊主の【迫正太】さんとの出会いでした。
この時誘われていったチームは城西高校のOBたちで、さらに天文館で商売をやっている人たちが中心となって結成した【マジックボール】というチームでした。
この時マジックボールで出会った人たちと今でも大変仲良くさせていただいております。
この時マジックボールに入らなければ、今の私の天文館の人脈は半分以下になっていたことでしょう。
それだけ大きな出会いでした。
一部ご紹介すると
居酒屋【かわぐちのりお】店主の河口憲雄さん
BAR U3 代表で今は釣り船の操業がメインの米 勇三さん
BLAZEの鶴之園大輔くん
ローライダー業界の重鎮 ONE MAKE 森 元由くん
大工で今は大社長の (株)秀成 西郷社長
などなど、とても楽しくラグビーできました。
当時結成して初めてのリーグ参加で5部リーグだったのですが、私が参加したのは初シーズンの二試合目。
本当に当時の5部リーグは素人レベルで、マジックボールの快進撃は凄まじいものがありました。
初シーズンの5部リーグで見事優勝!
【ラグビーって苦しいんじゃない。楽しいんだ!】とはじめて気付いた24歳の春の出来事。
翌シーズンは4部リーグ昇格でした。
この時多くの鹿児島工業高校ラグビー部の同級生もチームに誘い、さらに別口で鹿実のメンバーも数名加入。
城西+鹿工+鹿実の混成チームとなり、ますます勢いが増していました。
そして迎えた4部リーグ
またまた優勝。
あれよあれよで結成2年目には3部リーグへ。
マジックボールの時代が来たな。この勢いで3部も優勝だ!と息巻いて楽しかったのはここまで。
3部リーグともなると今度は相手もなかなか強豪になり、お遊びエンジョイラグビー状態ではなかなか勝てないんですね。
この時のマジックボールのメンバーは20代半ばの元気盛り!
せっかくだからオフシーズンはちゃんと練習して、3部でも勝てるチームにしよう!
となりました。
が、しかし、現実はなかなか厳しいもので、ちょっと練習すれば勝てるほど世の中甘くない。
そらそうでしょう。
しかも練習やっても人が集まらない。
そらそうでしょう。
練習より遊びが楽しいんだもの。
若いんだもの。
みつを。
まぁそれでも試合のときには人数が集まっていたので、シーズンは試合のみ出るような形で続けていました。
そんなある日のこと。
場所は宮之城かぐや姫グラウンド。
高校時代、合宿で苦しい思いをしたグラウンドです。
対する相手は強豪【宮之城クラブ】
この日は何かに取り憑かれていたのでしょうか?
怪我人続出。
なんと足首を複雑骨折した人もいました・・・
私はというと、タックルに入った際、相手の肘が頭部に刺さり、頭パックリ大量出血。
でも交代要員はもうおらず、止血して試合に出続けました。
そして今度はボールを貰った瞬間相手からのカチ上げタックル。
見事脳震盪を起こした私は、誰にも言わず一人グラウンドを去り、芝生の上で体育座りで試合の行く末を見つめていました。
一部記憶喪失w
なんだかんだで試合終了。複雑骨折の森くんは救急車で川内の病院へ搬送。
同じ車で来ていた僕は頭パックリで川内の病院まで付いて行きました。
複雑骨折の診療中、私の頭パックリも見てもらうと縫わないといけない状態で、その場で縫うと抜糸を鹿児島市内でするとまた初診料かかるので、市内で縫ったほうがいいですよ!と先生。
頭パックリのまま運転して帰りました。
そして某休日診療をしている病院へ。
休日診療ですからね。外科医がいなかったんですね。
当番医は女性の先生で、専門はなんと眼科w
でも医師免許はあるので僕の頭パックリは眼科医の処置に委ねられることにw
髪も剃らずにできるということでホッチキス止めですることになりました。
眼科医に縫われるよりは処置はホッチキスが無難とホッとしていたのもつかの間。おそらくこの先生、ホッチキスしたことないっぽい。。。
ベテランのおばちゃん看護師に「これ、どうするんですか?」と小声できく始末。
おいおい、聞こえてますよ。大丈夫ですか?先生?
ベテラン看護師は堂々としたもんで「この傷が開いてるところを指で寄せてホチキスで一気に止めて」と説明しながら一発目。
「ザクッ」
「いてー!」
麻酔なしで頭にいきなりホチキスですよ。
頭蓋骨に刺さったかと思いました。
そこに先生の一言
「だいじょうぶですよー。すぐ終わりますから。麻酔も打てますけど、麻酔のほうが痛いと思いますのでー。」
女医よ。君は眼科だろ。君の大丈夫は信用できん。
ちなみにこんな感じでホチキスされてたんだと思います。
そんな思いもむなしく二発目投入。
続いて三発目も無事に刺さり、なんとか傷はふさがりました。
頭部にホチキス。
タチの悪いイタズラ以外でなかなか経験しませんね。
頭部ホチキスを保護するためにガーゼで抑える。
見た目完全に円形脱毛症を隠してるんじゃないか?って感じ。
なんとその時私、鹿児島市の公共事業を受注しておりまして、現場監督としての立場でした。
毎週市役所職員と下請け企業と定例打ち合わせがあるんですよ。
頭にホチキスon theガーゼで。
朝の作業前の朝礼で『無事故無災害で本日もご安全に!』って言ってる本人が怪我してるわけですよ。
こりゃイカン。
さらにそのシーズン、右足首靭帯損傷。
ラグビーに怪我はつきものですが、社会人になると怪我は笑えない。
それでもみんなとやるラグビーが楽しくて、『辞めろ!』という親父を無視して社会人ラグビーを続けていましたが、試合に勝てなくなり、人も次第に集まらなくなり、残念なことにマジックボールは事実上解散。
楽しいラグビー生活が幕を下ろしました。
そしてまたラグビーと離れた生活をしていたある日のこと
鹿児島工業高校ラグビー部OBメインで結成する【ろっこうクラブ】の選手兼監督で、公私ともにお世話になっている先輩から
『今どこにも入ってなければろっこうに入らんか?鹿工卒なんだから入れよ!』
とのお誘いが。。。
というところで本日はここまで。
【ろっこうクラブではじまる第4のラグビー人生】へつづく